「タクシーの裏ジンクス」
劇団公演の稽古中に怪我人が出た。
男優の一人が激しい殺陣の立ち回りの最中、アキレス腱を断裂させてしまったのだ。
幸いな事に2週間で歩けるようになるとの事。馬鹿役者は体だけは丈夫だ。
5日後、彼は元気に稽古場に復帰。愛想のいい奴なんだが、さすがにへこんでいるらしい。
その日はバツ悪そうに見学していた。俺は演出家として、
「殺陣が無理でも全シーンで死体役ができるぞ。だから元気だせ」と声をかける。
すると彼は言った。「違うんです。別の事で悔しくて…」 

聞くと、今日の稽古に来る途中、
慣れない松葉杖をつきながら彼は大通りでタクシーを拾おうとした。
だが、なかなか車が捕まらない。
何台か停車しようとするものの、結局止まらずそのまま通過してゆく。
「怪我人だぞ!」と松葉杖を派手に振る。
しかし、空車の表示を出したタクシーは目前を無情に通りすぎてゆく。
待つこと数十分、やっと1台停車。
ほっとして乗り込むと、運転手さんが申し訳なさげに話しだした。
「お客さん、タクシー止まらないでしょ? 同業として恥ずかしいんですが、
この業界に変なジンクスがありまして。
『足の悪い客』を乗せると縁起が悪いって皆思ってるんでさ。
我々は『足』の商売なもんで…」
  親切な運転手さんは降車後には荷物を運んでくれた上、
帰り際にも何度も頭をさげていたという。

なんとも残念な話だ。
怪我人や病人にとって、タクシーは重要な交通機関。
怪我人はレッキとした客だ。
深夜に泥酔してチップを弾む酔漢の方が縁起がいいとは思えないぜ。
プロの運転手さん達よ、無意味な縁起じゃなく、
仕事に対する誇りと情を持ってハンドルを握ってくださいよ。