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SF食通小説 胃 ノ セ ン ス 伊藤えん魔 「事件だぜ、マトー! 殺人だ」「・・・とにかく行って来るぜ」 「いいか、今度は正式な捜査方法を守るんだぞ。銃火器の使用は可能な限りやめるんだ」「わかってるさ」 同僚の刑事にマトー(魔藤)と呼ばれたその男は対食材に特化した戦闘用サイボーグだった。怪訝そうに捜査手順を説明する同僚フグサの言葉を背に、表情ひとつ変えずマトーは車に乗り込んだ。今朝、電柱にこすったバンパーをチラリと見た瞬間だけは泣きそうになりながら、黒い大型車を静かに発進させる。その際、また車の後部がゴリっと鳴った。どうやら駐車場の料金メーターにあたったらしい。眼球の赤外線センサーで新しい傷をスキャンする。「損傷10平方センチ 塗装剥離 推定修理費税込み78000円 保険の下りる可能性0」 そんな情報にまた泣きそうになりながら、車は都心へ向かうメインストリートの流れに紛れ込んでいた。 マトーの目的は道頓堀にあるある専門店。年中、ズワイガニやタラバガニを食わせる名店である。マトーはあふれ出てくるヨダレを飲み込んでいた。無類のカニ好きだった。マトーの特殊チームが甲殻起動隊と名づけられたのは、ただ彼らのカニ好きからである。カニを見たらすぐ起きて動く。そんな哀しくもカニにいやしい兵士達だ。 『甲殻道楽』の店の前では人混みができていた。 先に到着し、現場検証をすませていた捜査員にマトーは中尾彬のものまねで訪ねた。 「状況は?」「あ、中尾彬だ! 中尾彬だ!」 「いいから答えるんだ」(内心は嬉しい) 「犯人はメスのズワイガニ。ガイシャは常連客と駆けつけた警察官が二人」 「了解。あとは俺が引き継ぐ」「だが、まだこっちの調べが終わってない!」 「悪いが時間がねぇんだ。すぐ行くぜ」「待てよ!」 「・・・やめとけ、奴は捜査9課のサイボーグ野郎だ。あんなのと関わってちゃ命がいくつあっても足りねぇ」 若い捜査員の制止を無視してガラスや木片が散乱した店内へマトーは足を踏み入れていった。どうせ散乱するならカニの産卵だったらいいのになー、とマトーは考えていた。入り口から数メートルの場所にバラバラになった人間ぼ胴体と頭。あきらかに違法に改造された高出力カニの仕業である。廊下を曲がるとまた死体が一体。今度は頭部から脳ミソが抜き取られ、かわりにたっぷりとカニミソが塗りこめられている。超やな感じだなーと思いつつ、そこはカニミソには目のないマトーである。ちゃっかりカニミソを瓶詰めしてコートのポケットに忍ばせた。 その瞬間だった。路地の行き止まりに巨大なズワイガニが横たわっているのが見える。マトーが構える隙に、カニは刃渡り30センチ程のハサミを水平に横切らせる。間一髪、後方へかわしたが、切られた前髪が宙を舞う。オールバックのマトーの髪型は、瞬時にして西村雅彦か温水洋一のようにキモかわいくなっていた。かすかな意識のゴーストの中でマトーは思考していた。 「この髪型だったら田村正和とかと共演できるかもしれないが、それはそれとして普段はやだなー」 |
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ガシャン!! カニが仕掛けてきた二度目の攻撃を金属の腕でまともに受け止め、カニの甲羅ごと壁にたたきつける。すると、カニの甲羅が割れて中からプリプリとした身がはみ出た。グロテスクだが美しい赤と白のグラデーション。カニは断末魔の中で、泡を吹きながらマトーにメッセージを送ってきていた。 「ユデテ・・・ヤイテ・・・カゾクミンナデ・・・ ピントハサミヲ・・・ウチフ・・・リアゲ・・・テ、 イキノ・・・イイノガキニ・・・イッタァアァー」 カニが自分の本体を脱ぎ去るように自壊しようとした瞬間、マトーの45口径ライアットショットガンが火を噴いた。太い薬莢がスローモーションのように空を飛ぶ。 「お前さんが最後に歌いたかったフレーズは、 俺がかわりに歌っておいてやる。 ・・・トーレトーレピーチピーチカニリョウリー」 やはり歌はちょっと中尾彬っぽいかなーと思いながら、身をあらわに焼きあがったカニの殻から身をつまみあげると、マトーは口いっぱいにほおばった。 「うん最高! 冬はやっぱこれだな! だな!」(勝手に続く) |