大海賊フック編集長
伊藤えん魔ぼん


俺はフック。有名な海賊だ。片腕にはトレードマークの義手を装着してる。七つの海と七〇の劇団を渡り歩いたすげぇ奴さ。今夜は皆も興味ある話をしよう。

 俺が操る海賊船はファントマ号。乗組員17人のでかいガリオン船だ。明日は『ファントマの秘宝』って意味もねぇ劇団新聞を仕上げてしまわなきゃならねぇ。町のボンクラにゃどうでもいい紙くずだが、俺達にとっちゃ宝の地図みたいに大事なもんだ。
 正直に話そう。あと2時間で印刷屋のバーソロミュー・ロバーツ(通称/簡易オフセットのバーツ)と取り引きの時刻がくる。なのに手下の盛井雅司(白いモーリー/手にするものはすべて白く原稿も白紙)の8コマ漫画は半分しか描けてねぇ。舵とりの浅野(黙読のアーサー)はネタ集めで海賊映画を鑑賞中。文字校正(間違った文字を見つけて正す蛮行)のために待ち伏せさせてる連中(エキストラあがりの新人劇団員)は、今回のヤマが初めてのド素人ぞろいって事がさっきわかった。女海賊の美津乃(わがままアワティ)はなぜか飯を食いにいったまま帰ってこねぇ。マジでやばい状況だ。どうする、俺? この取り引きを失敗したら俺の船は社会的に沈むかもしれねぇ。ええい、ままよ。なんとか乗り切ってやるぜ。「ガタン!」

 その時だ。背後で急に音がしやがった。俺はとっさに厚身のサーベルを口にくわえて身構える。振り返ると白いモーリーが居眠りをしてイスから転げ落ちてやがった。
「起きろ。馬鹿野郎め」 「え? マギー司郎を殺れってのか? いやだね」
 見事な寝ぼけぶり。俺は呆れてサーベルを横に引いた。当然、口の両端がすっぱり切れた。強度の赤切れみたいだ。口が異常にパクパク開く。これじゃ、まるでパペットマペットのカエルだ。
「牛君。牛君。牛君。大変なんだ。もうすぐ印刷屋さんがくるんだけど原稿が全くないんだ」
「そういう時は人形か他の動物のフリでもしてごまかしたらどうだい?」
「僕達、もう人形だし他の動物なんだけど」 「パペットマペット」(×2)


 くだらねぇ一人芝居をしていたら傷口が倍に開いた。激痛だ。と、隣の部屋で大声がする。
「ウオォォォォ!」 「どうした!? 浅野!」
「パイレーツ オブ カリビアンっておもろいっすね。いやぁ興奮しました。うぉぉぉ!!」

 鬱陶しいので顔面を蹴り飛ばした。

「なんだい? 大の大人がみっともないね。ケンカなら屋上でやんな」
 ようやく美津乃が帰ってきた。口元はケチャップだらけ。近所のパスタハウスにはファッション雑誌が多くある。また長居してたようだ。ちなみにうちの事務所には屋上なんかない。
「遅せぇじゃねぇか。何時だと思ってやがる。さぁ、原稿は書いたんだろうな。あん?」
「ははは。慌てるんじゃないさ。大丈夫だよ」

さすが何だかんだ言ってもメイン張る女傑だ。こいつは信用ができる。
「で、原稿は?」「明日には書くさ」「〆きりは今日だぜ」「・・・アデュー」「おい!」

 詐欺の女傑は風とともに去りぬ。あのアマ、一日勘違いしてたらしい。仕方ねぇ。すべての仕事は俺がやってやる。記事も漫画も情報欄も全部俺が書きあげてやるぜ。パペットマペット。また傷が開いたが、俺はフックの腕をワコムのペンタブレットに取り替え、超高速で仕上げにかかった。
「クリッククリック。ペン先をカリカリ。右クリックは横のスイッチでカチカチ・・・」
 ははは。できあがったぜ。なんとか間に合う。あとは十人の文字校正に任せりゃ完了だ。
「野郎ども。こいつの確認を頼むぜ。間違いはおろか、蟻の子一匹見逃すな」
「へい! 任せてくだせぇ! フック編集長!」


 なんとか一息ついた俺は片腕を相棒のフックに戻す。カチリ。にぶい金属音が心地いい。やっぱこれでなくちゃ俺の名がすたる。なんてことはねぇ。頼もしい連中じゃねぇか。ド素人かもしれんが数ってのは力だ。ところがだ。俺が渡した原稿を連中は全員で、文字通り全員で読み始めた。
「おい。複数で手分けすりゃいいじゃねぇか。なんでよってたかってやってんだ」
「へい。辞書が一冊しかねぇもんで。これが限界なんでさ」「俺なんざ辞書もひけねぇんだ!」
「違ぇねぇ。俺もだ! へへへ!」「まったくよ。わはははは!!」


 あと15分か・・・。どうする、俺? 「ま、仕方ねぇわな」
 太い葉巻きをくわえる。あと俺ができる事はたったひとつ。そして俺は静かに片腕のフックをカエルのぬいぐるみに取り替えた。