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苦 労 話 今夜の苦労話:伊藤えん魔さん よう。御苦労。今、お前さんは劇団から届いたDMをわざわざ開封して読んでる事だろう。御苦労だな。今夜は俺の個人的な苦労話をしよう。そんな気分なんだ。頼むよ。今は言わせてくれ。親切な読みものじゃねぇ。多分つまんねぇ。謝っておく。悪いな。 次回、ついにファントマが大ホールで本公演をやるぜ。大阪だけだがシアター・ドラマシティって言う、いい感じにでかい劇場だ。何でも在阪劇団が単独公演をするのは惑星ピスタチオ以来、8年ぶりだそうな。へぇ。そうなのか。小劇団、今も尚どこも動員は厳しい。うちだってそうだ。それでも、背伸びで高ゲタ履いて竹馬乗って空気圧で圧縮上昇して本契約をとることができた。とにかく嬉しいんだ。俺はよ。 十九歳。近鉄大劇場で芝居を見る。三宅さん、らもさん、竹中さんが俺のアイドルだったっけ。 二十歳。「なんだ。演劇なんて大したこたねぇ。すぐに頭だしてやらぁ。ちょろいぜ。演劇」 恐いもん知らずに劇場世界をうろつきだして気がつきゃ『伊藤えん魔』って名乗ってた。勝負するのは笑いのみ。「おもろい奴がいる」 案の定、噂はすぐ回った。予想通り、この世界大した事はなかった。 二十一歳。あちこちの劇団に客演客演客演客演・・・。もう、ほとんどつまんねぇ芝居ばっか。 演出家の言うことなんざ聞きやしねぇ。自分だけが出てる場面がウケりゃいい。マジな芝居だろうと潰し放題。もう道場荒らしだ。敵が一気に増える。だが、「俺の客」も増えた。この世界、ウケるかウケねぇか。芸道は勝負世界だがダチって言うか、いいケンカ相手も大勢できた。かっぱ、西田、腹筋、後藤、久保田、橋本、三上、大塚、宮吉・・・。だが、ダチなんざいらねぇ。喰われてたまるか。芸人、商売仇から嫌われてなんぼだ。それでいい。 二十三歳。劇団旗揚げ。頼み込んでいい役者陣を揃えた。勝手に恩師みたく思ってた東野さん、らもさん、桂吉朝師匠とか出てくれた。すげぇよ。俺、二十三の若造だぜ? すべりだしは上々。のっけに客が800人も来た。こうなったら、1000人入れんとつまらん。東京にだって進出する。あの大劇場でだってやってやる。よっしゃ、そう決めた。絶対でかいとこでやる。俺一人でやる。 二十六歳。気づくと俺の芝居はすでにマンネリ。客もいつも800から900止り。増えねぇ。1000人ってキツイじゃねぇか。なぜだ? 笑いはもう二十歳くらいの若い奴らの方がウケてやがる。やばい…。仲間だ。凄腕の仲間がいる。俺は仲間集めに走りまわった。 二十八歳。調子こいた野郎達がけっこう集まった。美津乃と盛井が末席に名を列ねてたっけ。ははは。劇場、新聞、テレビ、強引に劇団を売り込む。なんとか強引に1000人。だがよ、「よし!」とは思わなかったのさ。なぜかって? ダチ達はいつの間にか強力なライバルになってた。連中の方がいつも一枚も二枚も上手だった。後藤と久保田はメディアにもてはやされ、西田と腹筋はすでに破竹の勢い。かっぱさんは全国区タレント。俺は・・・まだ大阪にいた。何もやってねぇ。ずっと若手扱い。ただ格好悪い。はは。 三十歳。関西が地獄を見た。地震だ。やっととりつけた近鉄小劇場、神戸オリエンタル、東京下北沢の公演は動員ガタガタ。5年つるんだ仲間達が去っていった。仕方ねぇ。カタギになった奴。要領よくショバ代えした奴、死んじまった奴。運はこれっぽっちも向いてねぇ。やめるなら今だ。だが、俺はやめられなかった。借金も膨大だ。それより、俺にゃ他にできる事がねぇ。とどのつまり、どうでもいい劇団をまた旗揚した。ファントマだ。ははは。 三十三歳。「伊藤えん魔? もう終わった哀れな奴」よろしく、関係筋からも、客からも陰口叩かれ続ける。うるせぇ。ほっとけ。気がつくと美津乃が大化けしてた。盛井が化けた。浅野が仲間になってた。あれれ? 客が来るぜ? 1000人なんざとっくに超えてた。扇町から俺達は近鉄小劇場に出た。東京にもまた出てるぞ。おいおい。調子こいてるぜ。俺達? 三十八歳。らもさんが逝っちまった。御苦労様でした。大好きだった劇場が沢山消えてった。御苦労様でした。ライバルだった劇団も多くは旗を降ろしちまった。御苦労様でした。だが、俺はまだやってるんだぜ。馬鹿野郎。やめてたまるか。回りは敵ばかりだ。俺達はまだどこにもたどりついてねぇ。 やっとだ。やっとだ。やっとだな。マジでやるんだ。単独公演。 シアター・ドラマシティだぜ。とうとう一発千人相手に戰だ。チキショウ。近鉄にふっかけられなかったケンカ仕掛けてやるぜぇ。ぬおぉ。あの、嫌われものの外道がさ。あの運のねぇ終わった野郎がさ。やっとやんだ。 うん。嬉しいんだ。俺はよ。嬉しい。俺も捨てたもんじゃねぇ。 だがよ、…おいおい、18年もかかっちまったぜ。わははは。ひでぇ。 …全然ちょろくなかったよ。演劇。クソッタレが。ち。 四十歳前にもなったいいおっさんだが、今夜は言わせてくれ。 俺はさ、とにかくすんげぇ嬉しいんだ。 「やったぜ馬鹿野郎がッ!!」 ・・・たまにゃいいだろう。いいよな? 御苦労さん。へへ。へへへ。 |
もっと伸びると言われた頃の俺 |
若手に喰われていた頃の俺 |
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ものまね芸を修行する俺 |
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いつかあの人気者のように…。 |
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禁止薬物に手を出す俺 |
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束の間、安らぎをくれた女達 |
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人気が出るも妙な薬に溺れる俺 |