|
アニマルハードボイルド小説 『鳴くのは奴らだ』 伊藤えん魔 「待て。ドアの向こうに誰かいやがる…」 「誰かいるが…、プロじゃないな。 「今晩は。世界の不思議をお届けします」 図星だった。ここは落ち着け。ここが戦場なら慌てた奴がまっ先に頭を撃ち抜かれる。さっきの声はなんだ? やけにカン高い声。盗人野郎がびびって開きなおったか。いいだろう。こっちはオカマ連れの酔っぱらいだ。もうどうでもいい。鍵はいつもかけてない。俺はドアノブに手をかけ、勢いをつけて転がりこんでやった。盗人野郎も慌てたらしい。あわをくってキッチンへ逃げていく。 「もう。誰もいにゃいって言ったのに。にゃうにゃう」「この泥棒猫め!」 そいつはマジで猫だった。俺の手に捕まりブラブラ宙を泳いでる。アメリカン五分刈りヘアーだ。「まぁ、かわいいおチビさん!」 割って入ったサムが猫をヒラリと抱き上げる。驚かせやがって。俺はふいに酔いがまわり、ソファに座りこんだ。と、サイドボードに手紙がある。ゴールディからだ。これはどう言う事だ? 手紙の内容はこうだ。今夜、俺を呼び出したのは新しいヘアスタイルを誉めて欲しかったんじゃないらしい。雨の中、道端で震えてる猫を拾って帰ったはいいが、一緒に暮らしてる男が運悪く猫アレルギー。仕方ないのでしばらく俺に預かって欲しい……だと? なぜか手紙は達筆な唐風文字だ。女ってなぁ、いつも勝手ばかり言いやがる。 「そう言う事にゃので世話してくれにゃう。贅沢は言わにゃい。カルカンよりフリスキーだとより嬉しいにゃうにゃう」 それが俺と相棒の出会いさ。あれ以来、ゴールディが相棒を迎えにくる気配はない。だが、時折やってくるダチのサックス吹きや、弁護士見習い、幕内力士から賑やかなチアガール(なぜかいつも集団。部屋ん中でタワーアクションとかするので迷惑)までが連日話をしにくるようになった。勿論、話相手は俺じゃねぇ。用もないのにオカマ野郎も来る。店で余ったジャーキーを山程かかえてな。面倒臭い事になったものさ。だが、いつも風だけが叩いていた中年男の部屋のドアを誰かが叩くのも悪くはねぇ。独り者だった俺だが、男同志、なんとかうまくやってるよ、ゴールディ。オカマじゃねぇがな。客が来たらよ、相棒は必ず玄関まで迎えに出てこう答えるんだぜ。 「ん〜、はいはい。誰もいにゃいぞ、にゃうにゃう」 |