アニマルハードボイルド小説
『鳴くのは奴らだ』
      伊藤えん魔

「待て。ドアの向こうに誰かいやがる…」
「キー! 誰、それは誰なの!? ウフン!」
「うるせぇな。オカマは黙ってろ」
「まぁ! なんて事をお言いだい!? キー!」

 昨日の夜は久しぶりにしこたま飲んじまった。(しこたまってどう言う語源だ?) 髪をあま色に染めたゴールディから強引な誘いを受けた。黄昏に待ち合わせ、二人でいい感じでダウンタウンのサムの店にしけこんだ筈だったが…。午前0時前、6杯目のロン・サカパを注文した時、彼女が泣きながら出てったのは覚えてる。カウンターに口紅と液キャベを忘れて行っちまった。なのに、どうして俺は今、オカマのバーテンダーと一緒に部屋に帰ってきたんだ? ふらつく靴音を止めて俺は見慣れた鉄のドアの前に立った。

「誰かいるが…、プロじゃないな。
 気配はドシロウトだ」
「何さ。誰だっていいわよ。えいッ!
 ピンポーン!」
「あぁッ、サム! てめぇ!」
「ザマァ見ろ!あたしをナイガシロになにかしら何かした?」

 訳がわからなかった。思案する隙も与えずサムが不用心にチャイムを押した。このオカマ、馬鹿だ。性根もまだ男だ。思わず胸ぐらを掴みあげると人工の胸がたわわに揺れた。サムは益々勘違いして喜んでいる。相手にしてられない。仕方ねぇ。こうなったらてめぇの部屋に乗り込むだけさ。俺は窓越しに大声で怒鳴った。

「今晩は。世界の不思議をお届けします」
「何よ、それ? 草野仁? 発見?」
「……」
「おい、いるのはわかってるぜ。何をしてるんだ?」
「ん〜、はいはい。誰もいにゃいぞ、にゃうにゃう」
「な〜んだ。誰もいないんですって。ウフン!」
「いいから黙ってろ」

 訳がわからなかった。なんと答えやがった! 覚悟を決めねぇとやばい。恐らく、こいつも相当のトンチキだ。正に『前門の虎 後門のオカマ』か。いや、『答える阿呆に 聞くウホー』かな。
「あ、今。最低の駄洒落を思いついたでしょ?」
「いや。別に。huhunn♪(鼻歌/夢想花・円広志)」

 図星だった。ここは落ち着け。ここが戦場なら慌てた奴がまっ先に頭を撃ち抜かれる。さっきの声はなんだ? やけにカン高い声。盗人野郎がびびって開きなおったか。いいだろう。こっちはオカマ連れの酔っぱらいだ。もうどうでもいい。鍵はいつもかけてない。俺はドアノブに手をかけ、勢いをつけて転がりこんでやった。盗人野郎も慌てたらしい。あわをくってキッチンへ逃げていく。
 逃がすものか。俺もそのまま奥へ走り込んだ。相手はやけに小柄な奴だ。首ねっこをつかんで捕りおさえた。

「もう。誰もいにゃいって言ったのに。にゃうにゃう」「この泥棒猫め!」
「その通りだにゃうにゃう」「あ、あん?」

 そいつはマジで猫だった。俺の手に捕まりブラブラ宙を泳いでる。アメリカン五分刈りヘアーだ。「まぁ、かわいいおチビさん!」 割って入ったサムが猫をヒラリと抱き上げる。驚かせやがって。俺はふいに酔いがまわり、ソファに座りこんだ。と、サイドボードに手紙がある。ゴールディからだ。これはどう言う事だ? 手紙の内容はこうだ。今夜、俺を呼び出したのは新しいヘアスタイルを誉めて欲しかったんじゃないらしい。雨の中、道端で震えてる猫を拾って帰ったはいいが、一緒に暮らしてる男が運悪く猫アレルギー。仕方ないのでしばらく俺に預かって欲しい……だと? なぜか手紙は達筆な唐風文字だ。女ってなぁ、いつも勝手ばかり言いやがる。

「そう言う事にゃので世話してくれにゃう。贅沢は言わにゃい。カルカンよりフリスキーだとより嬉しいにゃうにゃう」

 それが俺と相棒の出会いさ。あれ以来、ゴールディが相棒を迎えにくる気配はない。だが、時折やってくるダチのサックス吹きや、弁護士見習い、幕内力士から賑やかなチアガール(なぜかいつも集団。部屋ん中でタワーアクションとかするので迷惑)までが連日話をしにくるようになった。勿論、話相手は俺じゃねぇ。用もないのにオカマ野郎も来る。店で余ったジャーキーを山程かかえてな。面倒臭い事になったものさ。だが、いつも風だけが叩いていた中年男の部屋のドアを誰かが叩くのも悪くはねぇ。独り者だった俺だが、男同志、なんとかうまくやってるよ、ゴールディ。オカマじゃねぇがな。客が来たらよ、相棒は必ず玄関まで迎えに出てこう答えるんだぜ。

「ん〜、はいはい。誰もいにゃいぞ、にゃうにゃう」